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川越「九条の会」日本国憲法を守ろう! 九条は世界に誇れる日本の宝だ!そう思っている人は今声を出していきましょう。小江戸呼ばれる川越にたくさんの「九条の会」つくっていきましょう。 6/23/2009 沖縄・慰霊の日6月23日は沖縄・慰霊の日。NHKテレビでも前日に特集を組んだ。思い出したくない!話したくない!・・・生き残った人は生涯忘れることが出来ないできごと。
ー戦争で亡くなった人の御霊を考えると 国のため 国のため といくら言っても 人間が死んで 何が 国のためかー 渡嘉敷島 金城さん(82歳)の言葉 6/20/2009 平和市長会議平和市長会議について知りました。
平和市長会議は1982年6月の第2回国連軍縮特別総会において、広島市及び長崎市が提唱した「核兵器廃絶に向けての都市連帯推進計画」に賛同する世界の都市で構成された国連憲章に基づく国際的なNGOで、世界134カ国、地域2926都市が加盟しているということです。うち、日本は292都市、埼玉県でも春日部市(’9.06)、北本市(09.02),行田市(’09.05)、熊谷市(’09.04)、鴻巣市(’09.03)、所沢市(’08.02)、羽生市(’09.02)、深谷市(’09.02)、蕨市(’08.03)、菖蒲町(’09.05)、皆野町(’09.03)、横瀬町(’09.03)が既に加盟しています。
川越市長にもぜひ加盟していただきたいと願っています。
2009年8月7日に第7回平和市長会議が長崎市で開かれるそうです。 3/16/2009 夢夢って見た記憶がないっていう気がする。
夜寝てからの夢は見ている。朝、鮮明に覚えている時が少なくない。時にはカラーで。現実には会って話も出来ない人と夢で話している。
しかし、よく言う夢を持って生きようとか、夢は必ず実現するとかいう夢はなかったような気がする。何事にも自信がなく夢を持つことが怖かった。この歳までよく生きてきたものだとしみじみ思っている。
そして還暦もとうに過ぎたこの歳になって残された時間だけ夢を見てみようかとふと思った。
どんな夢かというとひとつは川越のどこかに「憲法九条の碑」を建てたいこと、もうひとつは川越市を「無防備地域宣言の市」にしたいこと。
現状では無謀な夢だ。が実現したらどんなによいだろうか。
おそらく実現は難しい。と思う。が、いつも頭のどこかに置いていれば、くじけそうになったとき力が湧いてくるのではないだろうか。
日本中のあちこちで【九条】活動している人は多いので励まされてはいるけれど、ソマリアの海賊退治などと自衛隊護衛艦がでばっていく世の中、なんだかとても不安だ。
老骨に鞭打ちもうしばらく夢に近づく努力をしてみるとしよう。pk
3/13/2009 無題歯医者さんの帰りにひさびさに中院へ寄ってみた。見上げるほどのミモザの木に、黄色い花房が三月の空に輝いていた。3月8日は「3・8国際婦人デー」で、現役の頃はミモザの花を手に集会とデモ行進に出かけたものだった。しばしの感慨に耽る。
桜は堅いつぼみを揺らしている。少しだけ早く咲く桜の木のつぼみはすでに心なしピンクがかっている。
一緒に見上げていた人が新聞紙で包んだ一抱えもある花を二束、自転車に乗せていたので、思わず”きれいですね”と話しかけたら、”これは売っている、家の庭に咲いたので、花やさんで買うより丈夫だよ、こちらは500円。こちらは1000円”というので、500円のを買った。新聞紙の中で何種類もの花が確かに生き生きと咲いていた。ちょっぴりうれしい気持ちになったところに小鳥の声。ピースピースと啼いている。こんな平穏な日常が壊されることのないように祈るばかりだ。
3月12日有事法制と国民保護法の話を聞いたばかり。ソマリアの対海賊のために武器使用も可とする護衛艦出動。戦慄する思いだ。 いのちのこと映画「豚のいる教室」を見た。
若い教師が、「子供たちをいのちと向き合わせたい」。「体でいのちを感じさせたい」という想いで豚を教室に持ち込む。6年2組26名のクラスは、いずれ食べることを前提に豚をpちゃんと名づけて育てることに。
生徒たちは、卒業までに結論を出すということになる。すっかり情が移り、ペット化した豚について、卒業式を目前に、一人ひとり、食べるか、食べないか、という選択を迫られ、真剣にいのちと向き合うことになる。。
食べるものと食べられるものの命の向き合い。命の長さは誰がきめるの?いのちへの責任とは?と論じあう。
人は食べなくては生きていけない、だから感謝しながら食べるという。
かわいがって育ててきたpちゃんだから食べられないといい、他の豚なら食べるのかといい、それはおかしいという。
大人でも難しい問題を子供たちが全身で受け止め考え、意見を言う姿に感動する。
よく出来た映画である。脚本どおりのせりふなのか。26人の子供たちがそれぞれ等身大の意見をぶつけ合う、その目の輝きに教育のあり方について考えさせられる。
いのちは誰もが大事だと思う。草でもトンボでもからすでも木でも愛しい。
一つ一つに向き合うといのちの大切さ、食べられるのはかわいそうと、多くの人が思うだろう。普段はいしきしていなくても食べなければ生きていけない生物の掟。
生きていくために食べるのではなく、人間同士はなぜ殺しあうのだろうか。
ペットを殺すことにナーバスに反応するのに、国が行なう戦争ではなぜ人の命を奪うことが正当化されるのだろうか。考えれば考えるほど?????
知っている
フライパンに油を落とし
カチッとひびをいれ
鼻歌まじりで割落とす
ジューと小気味よい音が
食卓の匂いを漂わせる
卵は目玉焼になり
白い皿に盛られる
が
割られる前の
不確かな殻の卵の痛みを
知っていたろうか
日がたてば
殻の中で成長を続け
赤い血管が
縦横に走るのを
食卓にはそれから
数片の肉片
原型は忘れているべきだ いつも
知っていても
知らないふりでいれば
知らないということなのだから
豚の哭き声も
牛の哭き声も知っているが
肉片は肉片で 牛や豚ではない
と
真っ白なナプキンで口をぬぐい
可愛いペットの話などしながら
エプロンの似合う妻の
鼻歌まじりの目玉焼を食べている。
2/22/2009 巨星の輝きは空にー加藤周一さんを偲んで昨年12月5日に亡くなられた「九条の会」の加藤周一さんの「お別れの会」が東京有楽町朝日ホールで行なわれた。
新聞記事によると、政治、社会から文化、芸術まで、深く広く論じた加藤周一さんの仕事や人柄をしのび、ゆかりの人々によって弔辞が述べられたということである。
「九条の会」の作家大江健三郎さんは、
加藤さんが若い天才たちに愛情を込めて書いた文章を示したいと思います。
森鴎外がエドムント・ナウマンの日本批判に対して書いた文章を、加藤さんは高く評価されています。
「鴎外は、相手を完全に理解すると同時に、自己の弱点を見抜いたに違いない。」
相手を完全に理解せよ、同時に自分の弱点を見抜け。これよりもよい、若い人への助言はないでしょう。と
作家水村美苗さんは、
生身の加藤さんがいかに上等な人間だったかを知っていただきたいと思います。
お目にかかればかかるほど、敬愛の念がます不思議な方でした。
そこだけがろうそくに照らされ、シャンパンが抜かれるような、生きていることが祝祭であるという時間が流れ始めるのです。
それは加藤さんのずば抜けた知性のせいですが、御自分からは何一つ相手に求めないという決意が人格の芯にあり、与え続けたのです。
日本に絶望しそうになっても、ああ、この日本を愛する加藤さんがいると思う、そのような方であったことを知っていただきたく存じます。と
音楽評論家吉田秀和さんは
加藤さんがあまりに世界の話題を解説するので、「あなたは世界連邦政府の外務大臣だね」と冗談を言ったことがあります。
共通性を連想させるのは仏の思想家ボルテールです。
時代を洞察し、判断し、ユーモアを忘れない。アイロニカルで反語的な言い回しの名人でした。と
「九条の会」の哲学者鶴見俊輔さんは、
会うたび話すたびに、心棒を感じました。軍国日本に不服従だった人の心棒であり、日本の知識人にまれにしか感じないものでした。
過去・現在・未来のどんな戦争に対して話すときも、感じるものでした。
医学を学んだ加藤さんは、原爆を落とされた広島を見て、国家と結びついた科学がなにをなすかを目の当たりにしました。
さらにプラハの春では、戦争勢力が国家全体主義の中から芽生えてくることを、しっかりと見据えました。そのとき育ったのが「九条の会」の構想でした。
会の発起人会で、加藤さんは「多数派にならないかもしれない。そういうときも、旗を降ろすことはない」といいました。
勝ち負けを超えた見方が心に残りました。と
12月に訃報を耳にしたときは、言いようのない気持ちを持ちました。
大きな大きな人を失くした無念さ、お疲れ様でしたという気持ち、9人が7人になってしまった「9条の会」のこれからのことを思うとなんともいえない気持ちです。
でも「九条の会」の一人ひとりの方が覚悟をした上で旗を守っていることを思うと、乗り越えていかなければという気持ちでいっぱいになります。
今の日本の状況ではこれから先、「九条」攻撃はより強まることと思われます。
澤地さんの言われるようにしなやかに粘り強く現実をみつめ、「九条をなくさせない」ために、「日常に活かす」ために心して生きて行きたい。 2/6/2009 お勧め本このところ立て続けに新書を購入した。新聞で紹介していた記事を見て、さ来年呼んで話を聞きたいねと声が上がり、どんな内容なのかと手に取った本である。
○ 島本慈子(やすこ)著 「ルポ労働と戦争ーこの国の今と未来」 岩波新書 1158
島本はこう書く。
● 九条改憲とは、どこか遠いところの話、雲の上の話ではない。それは「私たちの仕事・私たちの暮らし」の問題なのだ。
「現在、日本国内の労働はどのように戦争を支えているか」「それは、九条改憲によってどう変わるのか」・・・・・本書ではそのことを考えてみた。
本書に登場するのは、在日米軍事基地の従業員、自衛官、兵器産業の社員、派遣労働者、航空会社のパイロット、地方公務員、港の労働者、気象関係者、介護福祉の分野で働く人々、大学の研究者、農業者などである。
これらは日本列島のいまを織りなしている仕事のごとく一部に過ぎないが、あなたが自分のことについて考えてみる「手がかり」になるはずだ。そのことを願って。 ○ 島本慈子(やすこ)著 「戦争で死ぬということ」 岩波新書 1026
島本はこう書く。
● いま見失ってはいけないものは、戦争の本質である「大量殺人」の実態と、それが必然的に生み出す怒り・反発・憎悪・復讐心・悲しみといった普遍的な「人間感情」なのだ。そこをしかと見据えなければ、私たちは方向を誤る。
● 私は戦後生まれの自分の感性だけを羅針盤として文献と証言の海を泳ぎ、自分自身が「これは戦争のエキスだ」と感じたことを読者に提示しよう、と思った。
私は戦後生まれの目で、戦後生まれにも通じる言葉で、戦争のエキスを語りなおしたかった。
何のために? それは日本のこれからを考える時の判断材料として。過去の事実のなかに、未来を開く鍵があると思うから。
誰のために? それは私と同じく、戦争を知らない人びとのために。 |
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